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最高裁判所第一小法廷 昭和36年(あ)2764号 決定 1966年2月03日

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人山根勉、同斉藤昌武の弁護人小河虎彦の上告趣意第一点は事実誤認の主張であり、同第二、三点はいずれも単なる法令違反の主張であって、いずれも適法な上告理由に当らない。

被告人山中千代太の弁護人原田好郎の上告趣意第一点について。

原判決は、要するに、山口県においては昭和三〇年度には整備農薬管理事業を実施する意思なく、又実際これを実施していなかったのにかかわらず、被告人山中(同県における整備農薬の管理団体である同県経済農業協同組合連合会--以下経済連と略称--常務理事)は、相被告人山根(右農薬に関する事務を主管する同県農業部農業課長)及び同斉藤(右事務に従事する同県技術吏員)と、国の定める病害虫防除整備事業を実施するものとして農林省当局に不実の申告をし、以って整備農薬管理費に対する国庫補助金を偽りの手段により山口県に対し交付を受けることを、昭和三〇年六月頃共謀した旨を認定したものであるところ、所論は、この点につき、国庫補助金の交付受領は国と県との間に行われるものであって、経済連は局外の第三者でありこれに参画する立場にないし、又被告人山中は整備農薬管理制度には重大な欠陥があるため農薬を購入整備しても在庫を生じた場合その損失は莫大であるところから、これが実施に反対していたものである点からしても、被告人山中を共謀共同正犯に問擬した原判決は違法不当であり且つ判例に違反したものであるというにある。しかし、所論判例違反の主張は、原審の認定に副わない事実関係を前提とするものであり、その余の論旨は事実誤認又は法令違反の主張であって、結局、所論は適法な上告理由に当らない。

同第二点乃至第七点は、いずれも事実誤認、単なる法令違反の主張であり(なお、第三点については後記弁護人沢田建男の上告趣意第二点に対する説示参照)、同第八点は量刑不当の主張であって、いずれも上告適法の理由に当らない。

被告人山中千代太の弁護人沢田建男の上告趣意第一点は判例違反をいうが、所論控訴趣意補充書は期間経過後に提出されたものであるから、その判断遺脱を前提とする判例違反の主張は前提を欠き、適法な上告理由に当らない。

同第二点は違憲をいうが、原判決の認定によれば、前記の如く、山口県においては昭和三〇年度に整備農薬管理事業を実施する意思もなく、又実際これを実施していなかったにもかかわらず、被告人山中はこれを実施するものとして農林省に不実の申告をして国庫補助金を偽りの手段により山口県に交付を受けることを相被告人山根及び同斉藤と共謀したものである以上、その共謀は刑法二四六条の詐欺の共謀に外ならず、何ら刑罰法規に触れるものではないということはできない。かかる共謀に基づき同県の右農薬に関する事務を掌る相被告人両名において、右補助金交付申請手続を原判示の如く実際に行ったものであって、その実行行為の時には既に補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下適正化法と略称する)が実施されていた関係上、検察官はこれを適正化法二九条一項違反として起訴し、第一、二審裁判所も同条項違反として処断したものであることは、本件記録に徴して明らかである。即ち、本件は被告人三名が偽りの手段により国庫補助金の交付を受けようという詐欺の共謀をなし、その共謀に基づきそのうちの二名がその後右目的達成のため必要な行為を実行し所期の目的を達したものであるが、犯人側の為した行為自体は同一であり、相手方のこれに対応する態度の如何を構成要件の中に包含する罪とこれを構成要件としない罪とがある場合、検察官は立証の有無難易等の点を考慮し或は訴因を前者とし或はこれを後者の罪として起訴することあるべく、本件については後者の起訴をしたまでであり、かくて第一、二審裁判所も当該訴因について審判したものであるにすぎない。右の如く、被告人山中が相被告人両名と共謀した日時が適正化法施行前であったとしても、その共謀自体詐欺罪の共謀であり刑罰法規に触れるものである以上、その後適正化法が施行されるに至った関係上、検察官において右共謀に基づく所期の目的達成のためなされた行為を適正化法二九条一項違反として起訴したためその訴因について審判が行われ、かくて原判決が被告人山中の所為についても実行行為者である相被告人らと同様適正化法の右条項の範囲において刑責を認めたからといって、所論の如く刑罰法令不遡及の原則、罪刑法定主義に違反し、不告不理の原則を犯すものということはできない。原判決のこの点に関する判示は、その措辞やや不明確のきらいがあるが、その趣旨とするところは右と同旨であると認められる。従って、右違憲の主張は、被告人山中の本件共謀の日時が適正化法施行前であったからその所為は何ら刑罰法規に触れる行為ではないということを前提とするものであるところ、その前提の失当であることは既に述べたとおりであり、その余の論旨は事実誤認、単なる法令違反の主張であって、結局所論は適法な上告理由に当らない。

同第三乃至第五点について。

第一審判決は、判示第一の事実の摘示において、被告人山中は相被告人山根、同斉藤と共に判示農業薬剤管理費に対する国庫補助金を偽りの手段により山口県に交付を受けようと共謀し、判示第二の通り不正な手段により判示の如き農薬管理費補助金を同県出納部会計課に送付せしめてこれが交付を受けた事実を認定し、同第二の事実の摘示において、相被告人山根同斉藤において判示内容虚偽の整備農薬管理費補助金交付申請書を作成し、判示の如くこれを農林省に提出行使して担当官に偽りの申告をしたことを認定しているけれども、同判決は本件公訴事実中被告人山中に対しては右第二の虚偽有印公文書作成、同行使の点につき無罪としたこと、竝にその無罪理由を説明した部分において、被告人山中に対しては虚偽有印公文書作成同行使の点については共謀の事実は認め難く、単に不正の手段により本件補助金の交付を受けた点についての認識及び共謀があったに止まるものであると認定判示しているのであるから、原審が、被告人山中に対して、不正な手段により国の補助金を前記経済連に取得する前提としてこれを山口県に交付を受けしむることにつき相被告人山根、同斉藤と共謀したものである旨の第一審判決を是認して事実誤認はないとした判断は、正当である。

されば、上告趣意第四点の判例違反の主張については、原判決は所論の点につき相当因果関係のあることを判断しており、その判断は相当であるから、原判決には所論判断の遺脱はなく、右判例違反の主張は前提を欠き、同第五点の判例違反の主張については、所論引用の判例は連続犯の一部に確定判決のあった後に他の一部につき更に起訴のあった事案に属するところ、本件虚偽有印公文書作成同行使と適正化法二九条一項違反とは科刑上の一罪といわれる牽連犯に該当し、被告人は第一審判決において、その一部につき無罪とされたが他の部分につき有罪とされ、右判決に控訴を提起しているのであるから公訴不可分の原則により所論の如く無罪部分のみが確定し既判力の生ずるものではなく、右判例は本件と事案を異にし適切ならず、その余は事実誤認、単なる法令違反の主張にすぎないから、論旨はすべて上告適法の理由に当らない。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、被告人山中千代太の弁護人沢田建男の上告趣意第二点について裁判官岩田誠の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

被告人山中千代太の弁護人沢田建男の上告趣意第二点についての岩田裁判官の補足意見

私は多数意見と結論を同じくするけれども、次のとおり補足意見を述べる。

被告人山中が相被告人山根及び同斉藤と、昭和三〇年六月頃共謀したところは、正に刑法二四六条の詐欺罪の共謀に外ならないことは多数意見の判示するとおりである。そして、右共謀の行われた時には未だ補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下適正化法と略称)が施行されていなかったのである。詐欺罪においては、相手方に対し虚偽の事実を申し向けてこれを欺罔し、すなわち、相手方を錯誤に陥らしめよって相手方より財物を自己又は第三者に交付せしめこれを領得することによって罪が成立するのに対し、右適正化法二九条一項の罪は、いやしくも、偽りその他不正の手段により相手方(国又は地方公共団体)より補助金等又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けることにより成立し、相手方が錯誤に陥ると否と、又その補助金等を犯人が領得する意思あると否とを問わない点において、詐欺罪とは罪質、構成要件を異にする別罪である。適正化法施行後においては、国又は地方公共団体等を欺罔し、よって補助金等を自己に領得しようとする詐欺の犯意を有する者は、同時に適正化法二九条一項の罪の犯意ありといい得るであろうけれども、適正化法施行前においては、同法二九条一項の罪なるものは存在しないのであるから、右の如き補助金等騙取の詐欺罪の犯意ある者も、未だ適正化法二九条一項の罪の犯意ありということはできない。従って、被告人山中、同山根、同斉藤が昭和三〇年六月頃共謀した時においては、詐欺罪の共謀のみであって、適正化法二九条一項の罪の共謀は存しなかったものといわなければならない。しかし原判決の是認する第一審判決の確定したところによれば、被告人山根及び同斉藤は、相ともに、適正化法施行後(同法施行は昭和三〇年九月二六日)である同年二七日付の補助金交付申請書をその頃農林省に送付して偽りの申請をしたというのである。してみれば右申請の時においては、適正化法は既に施行されており被告人山根、同斉藤の意図することころは正に適正化法二九条一項の罪の構成要件に当る事実であるから、右両被告人は右申請をなす時においては、適正化法二九条一項の罪の犯意を以って、右申請をしたものというべく、右両被告人に同法の罪の罪責あること論をまたない。一方被告人山中においては、右適正化法施行前に被告人山根、同斉藤と前記詐欺罪の共謀をしたのみで、その後は、実行者である右山根、斉藤の行為を利用するに過ぎず特段の作為はないのではあるが、適正化法が施行されるにおいては、前記詐欺罪の共謀は、その犯意の内容として適正化法二九条一項の罪の構成要件に当る事実を包含するのであるから、被告人山中の意図するところは適正化法施行と同時に同法二九条一項の罪の構成要件に当る事実の認識があるものとの法的評価を受け従来の詐欺の共謀中には適正化法二九条一項の罪の共謀をも含むに至ったものとされなければならない。そして、従来罪とならない行為であっても、これを罪とし処罰する刑罰法令が施行されれば、何人もその行為を為さざるべき義務を負うことは当然であり、この義務は社会通念の命ずるところでもある。してみれば被告人山中は、適正化法施行後は、実行行為者である被告人山根、同斉藤に対し偽りの申請をなすことを防止すべき義務があり、又防止する可能性もあったと解せられるのに同被告人は何らこれらを防止する措置に出でず従前通り被告人山根、同斉藤らの行為を利用したものであるから、同被告人も亦適正化法施行後において、同法二九条一項の罪の犯意をもって、実行行為者被告人山根、同斉藤の行為を利用したものとして適正化法二九条一項の罪の罪責を負うべきものといわなければならない。すなわち被告人山中に対しては、適正化法施行後において実行行為者の行為を防止することなく所期の補助金を受けようとする意図の下に実行行為者の行為遂行を容認した点において罪責を問うものであって、同法施行前の行為につき罪責を問うものではないから、憲法三一条違反の所論はその前提を欠き採るを得ない。

(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠)

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